倫理委員会報告:悪性腫瘍治療前患者の配偶子凍結保存に関する倫理委員会の見解

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日本癌治療学会
会員各位

悪性腫瘍治療前患者の配偶子凍結保存に関する倫理委員会の見解

日本癌治療学会倫理委員会は、本学会評議員を対象に実施した悪性腫瘍治療前患者の配偶子凍結保存の実態に関するアンケートの調査結果に基づき、悪性腫瘍治療前患者の配偶子凍結保存に関する倫理委員会の提言案をまとめました。
なお、同提言案の内容につきましては、日本産科婦人科学会、日本泌尿器科学会の了解も得ております。
この提言案は本学会ホームページ及び機関誌IJCOに掲載し、平成16年3月31日を期限として、会員を対象に広く意見を求めました。
これを踏まえて更なる討議を重ねた後、平成16年10月26日に開催された理事会・評議員会並びに28日に開催された総会に見解案として再提案し、承認されましたので、下記の通り報告します。

平成16年10月28日

日本癌治療学会
  理事長  北島 政樹
日本癌治療学会倫理委員会
  前委員長 野澤 志朗
委員長  蔵本 博行

 

 

 

 

生殖能力を有する年齢にある悪性腫瘍患者は、生殖毒性を持つ抗悪性腫瘍剤の使用や性腺に対する放射線治療により、治療後の妊娠の可能性が著しく低下あるいは消失する可能性のあることが知られている。
これに対し、悪性腫瘍の治療開始前に配偶子(精子・卵子)を凍結保存し、治療後にそれを用いた人工授精ないし体外受精により妊娠を成立させる技術が開発され、すでに一部の生殖医療機関において実施されている。
悪性腫瘍の治療成績と生殖医療の治療成績の向上が相まって、今後、こうした事例は増加すると予想されるが、倫理的・法的・社会的基盤を配慮しながら以下の点を踏まえて実施されるべきである。

1.配偶子凍結保存にあたっては、患者の治療を担当する腫瘍専門医は、配偶子凍結保存を実施する生殖医療専門医(産婦人科・泌尿器科医師)に対し、必要且つ充分な情報を提供すべきである。

(解説)
悪性腫瘍治療前患者の配偶子を凍結保存するにあたっては、治療を担当する腫瘍専門医が患者の全身状態や予後を総合的に判断し、寛解期に患者またはその配偶者が妊娠・出産をする妥当性について生殖医療専門医と充分に相談するべきである。
生殖医療専門医は、凍結保存以外の医療行為によっては治療後の患者またはその配偶者に妊娠成立の見込みがないと判断されるものを対象としなくてはならない。
また生殖医療専門医は、所属する学会(例えば日本産科婦人科学会、日本泌尿器科学会など)の倫理規定を遵守しなければならない。

2.配偶子凍結保存の実施にあたっては、事前に実施施設内倫理委員会の承認を得たインフォームド・コンセントを作成し、充分な説明の上で書面による患者の同意を得ることを生殖医療専門医に周知させるべきである。

(解説)
インフォームド・コンセントには、凍結保存した配偶子を用いた人工授精・体外受精等の生殖医療の安全性と治療成績(妊娠率、流産率、先天性異常の発生率、出生後の発達障害のリスクなど)に関する最新情報が盛り込まれることが望ましい。
また、卵子を体外に採取する時期までに患者の原疾患が急速に進行するリスクのあること、採取操作に伴い出血や感染のリスクがあることも充分に説明しなくてはならない。

3.卵子の凍結保存技術は未だ開発の途上にあり、安全性に関する疫学的検証がなされるまでは、卵子の凍結保存はあくまで「臨床研究」の形態で慎重に実施されるべきである。

(解説)
凍結保存する卵子は減数分裂が完了する前の不安定な時期にあり、凍結に伴う物理的衝撃により卵子が遺伝子レベルで重篤な障害を受けるリスクがある。また、ヒト卵子を対象とした流産および早産の発生率、先天異常の発生率に関する研究成果の蓄積は未だ不十分である。
したがって、現在の技術水準のままで広く臨床応用されるのは時期尚早と考えられ、現時点での卵子の凍結保存は「臨床研究」の形態で実施されるべきである。実施にあたっては、「臨床研究に関する倫理指針」(平成15年 厚生労働省 告示 第255 号)を遵守しなくてはならない。

4.配偶子の凍結保存期間の設定、期間延長、患者死亡時の凍結配偶子の取り扱い、および凍結配偶子の返還などについては、今後さらに関連学会と連携を取りながら充分な検討が必要である。

(解説)
腫瘍専門医は、生殖医療専門医と連携を取りながら必要且つ十分な凍結保存期間を設定することが望ましい。また、患者が凍結保存の期間延長を希望する場合には、腫瘍専門医が患者の予後や全身状態を確認した上でこれを許可すべきである。
当該施設の定める凍結保存期間中に患者の死亡が確認された場合は、事前の文書による了解があるときには、凍結した配偶子を原則として廃棄するが、凍結保存した配偶子の取り扱いについては法律学・倫理学・社会学の専門家と共に今後さらに検討する必要がある。

5.凍結保存された配偶子は売買の対象とされるべきではない。

(解説)
悪性腫瘍患者由来の凍結保存配偶子が本来の目的以外に使用されることを避けるため、金銭の授受を伴う第三者への提供を行うべきではない。例えば、精子バンクや卵子バンクに患者由来の凍結保存配偶子が売却されてはならない。

6.終わりに

 悪性腫瘍治療前患者の配偶子凍結保存には種々の医学的・倫理的問題が潜在していることが本学会評議員を対象とした今回のアンケート調査から示唆された。これを契機として腫瘍専門医がこの分野の関心を高めることにより、生殖可能な年齢にある長期寛解患者のQOL向上につながることを期待したい。
将来、医学の急速な進歩により配偶子の凍結保存、とくに卵子の凍結保存技術の安全性が確立され、その実施が科学的合理性に裏付けされた社会的合意を得られる状況となった場合は、必要に応じて、本倫理委員会は再検討を行う。

附記事項

悪性腫瘍治療前患者の配偶子凍結保存に関して、長期的に見て検討を要する点を以下に挙げる。

1.精子・卵子の体内成熟機構が未熟な未成年患者の配偶子凍結保存について

精巣腫瘍や造血器腫瘍などの悪性腫瘍を発症する患者には、未成年者も少なくない。未成年者の中でも性成熟期以前の年齢にある患者または家族が、治療前に配偶子の凍結保存を希望した場合、主治医や生殖医療専門医がどのように対応すべきか、倫理面をはじめとして社会的・心理的な検討は、成人患者の場合に比べて不充分である。
近年の生殖医学の進歩により、精子・卵子の体内成熟機構が未熟な未成年者に対して、配偶子を採取して凍結保存する代わりに、患者の精巣・卵巣を組織ごと凍結保存する試みもなされており、将来的には実用化の可能性が示唆されている。
したがって、今後、未成年患者に対しても配偶子凍結保存の倫理的検討を行っていく必要があると考えられる。とくにインフォームド・コンセントの内容と年齢制限の是非については、多方面の有識者を交えて継続的な討議が必要である。

2.悪性腫瘍治療後の自然妊娠の可能性と凍結保存の適応について

産婦人科領域や泌尿器科領域では、悪性腫瘍治療後の自然妊娠例の解析に関する論文は多数発表されているが、全科にまたがる大規模な調査はまだ無い。
悪性腫瘍の根治的治療と妊孕性の温存を両立させるためにいかなる条件を満たす必要があるのかは、将来にわたり継続的に検討すべき課題であると思われる。
将来、調査が実施されれば、その結果により抗悪性腫瘍剤の生殖毒性の知見が増加するのみならず、悪性腫瘍治療前の配偶子凍結保存の適応を臨床的エビデンスに基づいて決定できるであろう。これにより凍結保存の適応が現在より客観性を増し、生殖医療に携わる専門家にも患者にも大きな利益として還元されると思われる。

3.悪性腫瘍治療自体がその後の妊娠および胎児に与える影響について

悪性腫瘍の治療により患者の子宮内環境に悪影響が残っている場合、凍結卵子と配偶者の精子を体外受精させた胚の着床率は低下するかもしれない。また、着床に成功した後も、悪性腫瘍に起因した卵巣機能障害が残存していれば、妊娠の継続が困難になることも予想し得る。胎児への影響も現時点では知見が乏しい。
患者にとっては治療後に得られた児は非常に貴重であり、配偶子の凍結保存自体の安全性の他にも、悪性腫瘍の治療自体が妊娠や胎児に与える影響を評価することはその点で大きな意義を持つ。

以 上