A.がんの治療法には、主に、手術、放射線照射、薬物治療があります。それぞれの治療別に、ワクチン接種の可否、タイミング、注意について説明します。
1.手術
接種の可否:
手術予定あるいは手術後であってもCOVID-19ワクチン接種は前向きに検討すべきと考えられます。
接種のタイミング:
全米総合がん情報ネットワーク(NCCN)によるとがんの外科手術を受ける患者さんにおいてもワクチン接種が推奨されています1)。一方、ワクチンを接種していないという理由で予定手術を延期したり、ワクチン接種のスケジュールによって手術日を変更することは推奨されていません2)。また、ワクチンの効果という見地からは特にワクチン接種のタイミングに関しての推奨はありません。ただし、がんの種類や進行度によって手術を延期しても影響が少ないと考えられる状況から延期を考えるべきではない状況まで、様々な場合が想定できます。また、地域の感染状況も考慮する必要があると思います。ワクチン接種から手術までの期間はワクチン接種の副反応か手術の合併症かを見極める目的で2週間程度あれば十分と考えられています。主治医の先生とよく相談してください。
手術とワクチン接種のタイミングとして考慮すべきこととして接種後の発熱や悪寒があります。発熱は1回目の接種ではまれですが、2回目の接種では約15%に発症すること、接種後1~2日、長くとも1週間以内に消退することが知られています。待機的に予定できる手術では、発熱がワクチンの副反応か手術の合併症に関連する発熱かの鑑別をしやすいように、接種から手術まで数日の間隔、最長でも1、2週間空ければ問題ないと考えられています2)。
計画的な脾摘を伴う術式を予定する場合、脾摘による免疫不全状態も考慮し、手術予定日の前後に2週間以上の間隔を設けて接種することが勧められます2)。
COVID-19ワクチン接種に伴うワクチン接種側の片側性リンパ節腫大、特に腋窩リンパ節腫大は、ワクチン接種後によく見られる臨床症状/所見で、最長ワクチン接種後 10 週間後まで持続することが報告され、乳がん検診やあるいは乳がんの画像診断において注意が必要とされています3)。このような点から乳がん患者さんの術前のワクチン接種のタイミングに関して、他のがんの手術と同様手術まで1週間の期間を空ける事、ワクチン接種部位としては患側とは対側の上腕か可能なら大腿への接種を考慮する事、術後抗生剤投与に関しては通常通り行う事などを推奨する報告も見られます4)。
1) 2021_covid-19_vaccination_guidance_v5-0.pdf (nccn.org)
2) 2021-MSK-COVID19-VACCINE-GUIDELINES.pdf (asco.org)
3) covid-guide202107.pdf (jabcs.jp)
4) Ko G, Hota S, Cil TD. Breast Cancer Research and Treatment (2021) 188:825–826
2.放射線治療
接種の可否:
ワクチンの成分に対する何らかの重篤または即時性のアレルギーの既往がなければ、放射線治療中あるいは治療前後であっても、COVID-19ワクチン接種は積極的に検討できると考えられます1,2)。
接種のタイミング:
ワクチン接種の時期、注射の場所、治療内容に関連した注意事項などについて、担当の放射線腫瘍医に相談することをお勧めします3)。
ワクチン接種と放射線治療のタイミングに関するデータはありません。しかしながら、発熱・倦怠感などのワクチンの副反応で放射線治療を休止することは避けるべきですので、可能であれば翌日照射のない週末にワクチン接種を受けるのが望ましいと考えられます。また、抗がん剤と放射線治療を併用する場合は、「3.薬物治療」の項も参考にして頂き、抗がん剤投与日および投与予定日の数日以内、白血球、血小板が低下した骨髄抑制の時期は接種を避けた方が望ましいかもしれません。
接種後の注意:
ワクチン接種によって放射線治療の合併症が増強する心配はありません。骨髄抑制の時期でなければ、発熱や痛みが生じた場合、一般的な対応4)でよいと思われます。
1) https://www.jastro.or.jp/medicalpersonnel/news/20210226.pdf
2) https://www.astro.org/Daily-Practice/COVID-19-Recommendations-and-Information/Clinical-Guidance
3) https://www.jastro.or.jp/medicalpersonnel/news/20210226.pdf
4) https://www.jastro.or.jp/medicalpersonnel/news/20210226.pdf
3.薬物治療 がん薬物治療全般について
接種の可否:
がん患者さん(特にがん薬物治療中)では、非がん患者さんと比べCOVID-19ワクチンによる感染予防効果が低下する可能性がありますが、それでもその効果は有益であり積極的な接種を検討すべきと考えられます。
接種のタイミング:
可能であれば、がん薬物治療開始前にワクチンを接種しておくのが望ましいですが、既にがん薬物治療中の方もワクチン接種を積極的に検討します。ワクチン接種の予約とがん治療が重なる場合、どちらを優先するか、あるいはワクチン接種を優先するためにがん治療を休薬、延期することに関して、がんの種類、進行速度、治療のスケジュールやワクチン接種の予約の取りやすさ、初回接種か追加接種かなど、さまざまな要因が考慮されます。主治医の先生と相談するとよいでしょう。
薬物療法中にワクチンを接種することで、ワクチンの薬効が弱まる可能性に関してですが、薬物療法にはさまざまな種類があり、これまでの報告では、ウイルスに対する抗体(免疫グロブリンというタンパクを用いて評価)の量が少なくなるといわれています。しかし、一定の抗体の産生はされており、抗体量が少ない方でも違う免疫(細胞性免疫というリンパ球による免疫)が反応するという研究結果も出ています。
そのため、がん患者がCOVID-19に罹ると重症化するリスクとのバランスを考えると、薬効が弱まることを懸念し接種を延期するより、治療のタイミングを見ながらワクチンを接種することのメリットの方が上回ると考えられています。
接種後の注意:
ワクチン接種後に体調が悪化した場合、ワクチンの副反応、がん治療の副作用か、がんの進行などの可能性が考えられます。ワクチン接種による全身的な副反応は、発熱、倦怠感などの頻度が高く、多くは接種後数日以内に軽快すると報告されています。がんの副反応は治療内容によってさまざまです。がんの進行状況や起きうる症状はがんの病状によります。あらかじめワクチンで起きうる副反応を知っておくこと、自身が受けているがん治療による副作用を主治医や薬剤師に聞いておくこと、がんにより起きうる症状をあらかじめ聞いておくことも大切です。症状の程度や持続期間によっては、がん治療を受けている医療機関を受診することも必要です。
また、非がん患者と比べワクチン効果が低下している可能性がありますので、ワクチン接種後も慎重に感染対策を継続することが望ましいと考えられます。
以下では既にがん薬物治療中の状況を念頭に、各種薬物治療別にCOVID-19ワクチン接種の可否、タイミング、接種後の注意について説明します。
1)細胞傷害性抗腫瘍
接種の可否:
細胞傷害性抗腫瘍薬による治療中であってもCOVID-19ワクチン接種は前向きに検討すべきと考えられます。
接種のタイミング:
細胞傷害性抗腫瘍薬投与中、どのタイミングでワクチンの接種を行うのが望ましいかについては明確なデータはありません。このため現時点では細胞傷害性抗腫瘍薬投与中のどのタイミングでもワクチン接種を行うこともできますが、もし可能であれば以下のタイミングは避けた方が望ましいかもしれません。
✔ 細胞傷害性抗腫瘍薬投与日(制吐剤として使用されるステロイドによるワクチン効果減弱の可能性)
✔ 細胞傷害性抗腫瘍薬による骨髄抑制のため白血球数が最小になる時期(ワクチン効果減弱の可能性)
✔ 血小板減少を伴うレジメンでの血小板減少時期(筋肉注射による血種のリスクを避けるため)
✔ 細胞傷害性抗腫瘍薬投与予定日前の2,3日以内(ワクチン接種後2,3日は発熱を認めることがあるため)
接種後の注意:
骨髄抑制時期の前後でワクチン接種を行った場合、ワクチン接種の副作用による発熱なのか発熱性好中球減少症なのかの判断が困難となる可能性があります。発熱性好中球減少症のリスクについては個別の症例で判断する必要がありますが、判断に悩ましい場合には発熱性好中球減少症として対応することが望ましいと思われます。
2)分子標的薬
接種の可否:
分子標的薬には小分子化合物、抗体薬など様々なものが含まれますが、一般に分子標的薬による治療中であってもCOVID-19ワクチン接種は前向きに検討できると考えられます。
接種のタイミング:
分子標的薬の大多数を占める小分子化合物の多くは連日の内服であるため、ワクチン接種を避けるべき時期は特に想定されません。
接種後の注意:
EGFRチロシンキナーゼ阻害薬など特に薬剤性肺炎に注意が必要な分子標的薬投与中にワクチン接種を行い、発熱を認めた場合、ワクチンによる発熱なのか薬剤性肺炎による発熱なのか検査を行わなければ判別がつきにくくなる可能性があります。薬剤性肺炎のリスクは、使用している分子標的薬の種類・使用期間など患者にそれぞれ異なりますので、個々の患者毎にワクチン接種後に発熱した場合の受診のタイミング、分子標的治療薬の休薬の要否など予め想定しておくことが望ましいと思われます。
3)免疫チェックポイント阻害薬
接種の可否:
免疫チェックポイント阻害薬投与中であってもCOVID-19ワクチン接種は積極的に検討できると考えられます。
接種のタイミング:
一般に免疫チェックポイント阻害薬の体内での半減期は長いため、ワクチン接種の効果や安全性は接種のタイミングには左右されにくいと想定されます。このため現時点では免疫チェックポイント阻害薬投与中のどのタイミングでもワクチン接種を行うこともできますが、もし可能であれば以下のタイミングは避けた方が望ましいかもしれません。
✔ 免疫チェックポイント阻害薬投与予定日前の2,3日以内(ワクチン接種後2,3日は発熱を認めることがあるため)
接種後の注意:
一部の分子標的薬と同様に免疫チェックポイント阻害薬でも薬剤性肺炎に注意が必要です。このため免疫チェックポイント阻害薬での治療中に、ワクチンを接種して発熱を認めた場合、ワクチンによる発熱なのか薬剤性肺炎による発熱なのか検査を行わなければ判別がつきにくくなる可能性があります。薬剤性肺炎のリスクは、患者によってそれぞれ異なりますので、個々の患者毎に、ワクチン接種後発熱した場合の受診の要否・タイミングについて予め想定しておくことが望ましいと思われます。
国内外の学会の考え方
現在、各学会・団体からCOVID-19ワクチンに関する様々な考え方が出されています。基本的にワクチン成分に対するアレルギー既往などの禁忌が無い限りは、がん患者においてもワクチン接種を前向きに検討すべきとしています(表1)。
表1 各学会・団体におけるCOVID-19ワクチン※に関する考え方
※原則として、BNT162b2(商品名 コミナティ)およびmRNA-1273(モデルナ社)を想定する
ACS; American Cancer Society(米国がん協会)
NCCN; National Comprehensive Cancer Network(全米総合がん情報ネットワーク)
NCI; National Cancer Institute(米国国立がん研究所)
ASCO; American Society of Clinical Oncology(米国臨床腫瘍学会)
ESMO; European Society for Medical Oncology(欧州臨床腫瘍学会)
MSKCC; Memorial Sloan Kettering Cancer Center(メモリアルスローンケタリングがんセンター)
SITC; Society for Immunotherapy of Cancer(米国がん免疫学会)
AACR; American Association for Cancer Research(米国がん学会)
参考文献
1) https://www.cancer.org/treatment/treatments-and-side-effects/physical-side-effects/low-blood-counts/infections/covid-19-vaccines-in-people-with-cancer.html.
2) https://www.nccn.org/covid-19
3) https://www.cancer.gov/about-cancer/coronavirus/coronavirus-cancer-patient-information
4) https://www.asco.org/covid-resources/vaccines-patients-cancer
5) https://www.esmo.org/covid-19-and-cancer/covid-19-vaccination?hit=ehp
6) https://www.sitcancer.org/aboutsitc/press-releases/2020/sitc-statement-sars-cov-2-vaccination-cancer-immunotherapy
7) Ribas A, et al. Cancer Discov. 2021 Feb;11(2):233-236.
8) https://www.haigan.gr.jp/modules/covid19/index.php?content_id=1
4)ステロイド、免疫抑制薬、鎮痛薬など
一定量以上のステロイドやその他の免疫抑制薬内服者はワクチンの臨床試験から除外されています。それは、理論上ステロイドによる免疫反応の減弱化に伴った免疫獲得率の低下が想定されているためです。
しかし、臨床試験では除外されていた、悪性腫瘍患者、固形臓器移植患者を含んだ研究であるイスラエルからの報告では、悪性腫瘍患者さんが2%前後(約12,000人)で含まれ、免疫抑制を起こしうる治療が行われていた患者さんは2.7%(約16,000人)でした1)。それらの対象者においても接種により予防効果が認められており、接種を推奨するものと考えられます。また、ブースター接種を行うことで、より良い免疫反応が認められています。
接種の可否:
米国CDCや英国NHSでは免疫低下の状態にある患者さんでは、COVID-19の重症化リスクが高く、接種を行うことを推奨しています2, 3)。日本リウマチ学会、米国リウマチ学会より、膠原病患者さんにおけるガイドラインが出されており、免疫抑制薬の治療の継続とワクチン接種のタイミングなどが紹介されています4, 5)。
接種のタイミング:
- ステロイド(いずれの投与量においても)、免疫抑制薬/調整薬(ミコフェノール酸、IL-6阻害薬、カルシニューリン阻害薬、経口サイクロフォスファマイドなど)を使用している場合には、ワクチン接種のタイミングや免疫抑制薬の用量調節は不要とされています。アフィニトール錠(エベロリムス錠)の添付文書「併用禁忌」に生ワクチンが記載されていますが、mRNAワクチンは通常通り接種して問題ありません。生ワクチンは弱毒化したウイルスを接種するためエベロリムスなど免疫を抑制する薬剤投与中に接種するとウイルスが増殖しウイルス感染症が発症することがあります。一方mRNAワクチンはウイルス蛋白の一部を作るだけでウイルスが増殖することはありません。免疫を抑制する薬剤投与中に新型コロナウイルスに感染すると重症化するリスクがあるので、むしろ積極的にmRNAワクチンを受ける事が推奨されます6)。
- 新規に免疫抑制薬を開始する場合には、開始2週間前までのワクチン接種を推奨しています7)。
- COVID-19に対する治療薬としてもあげられるようなモノクローナル抗体薬を使用している場合には、最終投与後少なくとも90日間以上あけて接種することを考慮したほうがよいでしょう。
- 造血幹細胞移植後の場合には、上記の免疫抑制薬の基準に加えて、移植後ワクチンアップデートにおける不活化ワクチン開始のタイミングである移植3ヶ月後が推奨されています*。しかし、現時点では他の不活化ワクチンとの同時接種は推奨されておらず、COVID-19ワクチンと前後2週間の間隔をあけることが推奨されます。
*日本のガイドライン上は6ヶ月からが基本的推奨ですが、海外のガイドラインでは移植後の不活化ワクチン接種開始は3ヶ月からとなっています。 5.サイクロフォスファマイドの静脈投与の場合は、可能ならば、ワクチン接種の1週間後が推奨されます。
- リツキシマブを投与されている方におけるmRNAワクチンの知見は集積されてきました。添付文書「併用注意」に生ワクチン又は弱毒生ワクチン、不活化ワクチンが記載されています。一方、mRNAワクチンでは、現時点ではワクチンの副作用が増えるということはなく、またリツキシマブの効果が減弱するということもないと考えられています。ワクチン接種のタイミングについては、「血液腫瘍治療中」の項を参照して下さい。
- 鎮痛剤を服用中にワクチンを接種する場合の気を付ける点として、ワクチン接種によって発熱、頭痛、局所の痛みを生じることがありますが、それらの副反応に対してあらかじめ鎮痛薬を服用することは勧められません。一方で、がんの疼痛コントロールのために、オピオイドや非ステロイド消炎鎮痛薬、アセトアミノフェンなどを服用している場合には、それらの鎮痛薬を継続してワクチンを接種してもワクチンの効果への影響はないと考えられます。
接種後の注意:
副反応に注意を行うが、発熱が起きた場合の対応を主治医と事前検討しておくことが推奨されます。
1) Dagan N, et al. N Engl J Med. 2021;10.1056/NEJMoa2101765.
2) https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/vaccines/recommendations/immuno.html
3) Green book Chapter 14a – COVID-19 – SARS-CoV-2 on 11 Jan 2022
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/1045852/Greenbook-chapter-14a-11Jan22.pdf
4) https://www.ryumachi-jp.com/information/medical/covid-19_2/
5) Curtis JR, Johnson SR, Anthony DD, et al. American College of Rheumatology Guidance for COVID-19 Vaccination in Patients With Rheumatic and Musculoskeletal Diseases: Version 3. Arthritis Rheumatol. 2021;73(10):e60-e75.
6) https://www.rheumatology.org/About-Us/Newsroom/Press-Releases/ID/1138
7) https://www.asco.org/sites/new-www.asco.org/files/content-files/covid-19/2021-MSK-COVID19-VACCINE-GUIDELINES.pdf
5)血液悪性腫瘍の薬物療法中
・抗体産生と効果、安全性
COVID-19のワクチンの免疫獲得についての研究では、多くで液性免疫の指標であるスパイク蛋白に対するIgG(S-IgG)の量を測定する手法が用いられています。血液悪性腫瘍患者さんにおいては、抗体産生が健常者と比較して少ないことが報告されています1)。また高齢者、慢性リンパ性白血病、悪性リンパ腫、化学療法中、抗CD20抗体薬(リツキシマブやオビヌツズマブ)、ブルトンキナーゼ阻害薬などの投与が抗体産生の少なくなるリスクとして挙げられています2)3)。
特に抗CD20抗体薬の投与歴がある患者さんでは、最終投与後6ヶ月未満では抗体産生が見られず、投与後6ヶ月から1年で抗体産生が少ないながらも認められましたが、最終投与後2年でも抗体産生量が少なかったという研究が報告されています4)。
また、ウイルスに対する細胞性免疫についても検討されています。一定以上のS-IgGが産生されていた場合には、細胞性免疫の反応は良好でした5)6)。一方、抗体産生がされていなくても約1/4の方で細胞性免疫が反応していました7)。
安全性の面では、薬物療法を受けている悪性腫瘍患者さんにワクチン接種を行った場合に副反応が増加していませんでした8)9)。
実際のワクチン効果(接種後に感染したかの有無)を検討した報告では、血液悪性腫瘍患者さんでも一定の予防効果を認めていました10)11)。細胞性免疫を検討した報告も踏まえると、抗体産生が乏しいだろうと言ってワクチン接種を避ける根拠は少ないと考えられています。
2021年12月から本邦でもブースター接種(3回目)が開始となりました。2回目の接種後に抗体産生が乏しかった血液悪性腫瘍患者さんでも約半数で抗体産生が見られており、細胞性免疫の反応も良好でした12-14)。海外ではmRNAワクチン以外(Ad26.COV.S)でのブースターを用いても一定の効果を認めていました15)。
造血幹細胞移植後においても、ブースター含めたワクチン接種で抗体反応は見られていました16-18)。
尚、血液悪性腫瘍患者さんにおいてワクチン接種後の腋窩リンパ節腫脹があると抗体産生量が多かったという報告がありますが、現時点では腋窩リンパ節腫脹が抗体産生されている指標であるとの定まった見解はありません19)。
接種の可否:
固形腫瘍だけでなく、血液悪性腫瘍においても薬物療法中のワクチン接種は抗体産生が少なくなるという報告がありますが、一定の安全性は確認されていますので化学療法や分子標的薬の治療中でも積極的に検討するべきです。
接種のタイミング:
化学療法中の場合には、可能ならリンパ球含めた血球減少が回復する時期を検討します。しかし、それの時期を待つために治療やワクチン接種とも大きく遅らせるべきではありません。
リツキシマブやブルトンキナーゼ阻害薬投与中の血液悪性腫瘍患者さんは抗体産生が少ないという報告があります。自己免疫疾患の領域ではリツキシマブの投与とワクチン接種の時期についての提案がありますが、現時点でも十分なエビデンスに基づいたものではないので、その提案に従うかについては議論があります。そのため、現時点では参考の1つと考えられており、それらの薬剤投与中であっても可能なタイミングの接種が勧められます。
接種後の注意:
接種後の副反応と薬物療法の副作用の判断が必要になりますので、副反応が起きた場合の対策を事前に主治医と相談しておくことが重要です。
1) Antibody response to SARS-CoV-2 vaccines in patients with hematologic malignancies. Cancer Cell. 2021;39(8):1031-1033.
2) BNT162b2 COVID-19 vaccine is significantly less effective in patients with hematologic malignancies. Am J Hematol. 2021;96(10):1195-1203.
3) Immunogenicity of the BNT162b2 COVID-19 mRNA vaccine and early clinical outcomes in patients with haematological malignancies in Lithuania: a national prospective cohort study. Lancet Haematol. 2021;8(8):e583-e592.
4) Efficacy of the BNT162b2 mRNA COVID-19 vaccine in patients with B-cell non-Hodgkin lymphoma. Blood Adv. 2021;5(16):3053-3061.
5) Adaptive immunity and neutralizing antibodies against SARS-CoV-2 variants of concern following vaccination in patients with cancer: The CAPTURE study. Nat Cancer. 2021;2:1321-1337.
6) Cellular and humoral immunogenicity of the mRNA-1273 SARS-CoV-2 vaccine in patients with hematologic malignancies [published online ahead of print, 2021 Nov 29]. Blood Adv. 2021;bloodadvances.2021006101.
7) Antibody and T cell immune responses following mRNA COVID-19 vaccination in patients with cancer. Cancer Cell. 2021;39(8):1034-1036.
8) Immunogenicity and Safety of the BNT162b2 mRNA COVID-19 Vaccine Among Actively Treated Cancer Patients [published online ahead of print, 2021 Aug 28]. J Natl Cancer Inst. 2021;djab174.
9) SARS-CoV-2 vaccine uptake, perspectives, and adverse reactions following vaccination in patients with cancer undergoing treatment. Ann Oncol. 2022;33(1):109-111.
10) Pfizer-BioNTech and Oxford AstraZeneca COVID-19 vaccine effectiveness and immune response among individuals in clinical risk groups [published online ahead of print, 2022 Jan 3]. J Infect. 2022;S0163-4453(21)00664-2.
11) Reduced SARS-CoV-2 infection and death after two doses of COVID-19 vaccines in a series of 1503 cancer patients. Ann Oncol. 2021;32(11):1443-1444.
12) Anti-spike antibody response to SARS-CoV-2 booster vaccination in patients with B cell-derived hematologic malignancies. Cancer Cell. 2021;39(10):1297-1299.
13) https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.07.18.21260669v1
14) https://www.cancer.net/blog/2021-03/answers-your-questions-about-covid-19-vaccine
15) Efficacy and safety of heterologous booster vaccination with Ad26.COV2.S after BNT162b2 mRNA COVID-19 vaccine in haemato-oncological patients with no antibody response [published online ahead of print, 2021 Dec 6]. Br J Haematol. 2021;10.1111/bjh.17982.
16) SARS-CoV-2-reactive antibody detection after SARS-CoV-2 vaccination in hematopoietic stem cell transplant recipients: Prospective survey from the Spanish Hematopoietic Stem Cell Transplantation and Cell Therapy Group. Am J Hematol. 2022;97(1):30-42.
17) Antibody response after 2 and 3 doses of SARS-CoV-2 mRNA vaccine in allogeneic hematopoietic cell transplant recipients. Blood. 2022;139(1):134-137.
18) Antibody response after third BNT162b2 dose in recipients of allogeneic HSCT. Lancet Haematol. 2021;8(10):e681-e683.
19) Correlation between BNT162b2 mRNA Covid-19 vaccine-associated hypermetabolic lymphadenopathy and humoral immunity in patients with hematologic malignancy. Eur J Nucl Med Mol Imaging. 2021;48(11):3540-3549.
4.パフォーマンス・ステータス(PS)不良の場合
PS不良であってもCOVID-19ワクチン接種は考慮すべきと考えられます。
接種の可否:
PS不良患者さんでは特に予後も勘案し接種のタイミングを検討するべきと考えます。
接種後の注意:
PS不良患者さんでも接種後に注意すべき点は通常の場合と同様と考えられますが、副反応が及ぼす影響は健常者より大きいと考えられ、慎重な経過観察が必要と思われます。
[解説]
がん患者さんのワクチン接種は、各国から出されているガイドラインで推奨されています1)2)3)。PS不良はCOVID-19の重症化リスクのひとつであり、PS不良のがん患者さんは、担癌状態や高齢など他の重症化リスクも併せて該当される方も多いと考えられます4)。
PS不良の患者さんのワクチンの有効性、安全性に関するデータは限られています。がん患者さん全体では一般対象者と同様の有効性、安全性であることが示されています5)6)7)8)。また、高齢者や全身状態不良の方が多く含まれる療養施設入所者を対象としたワクチンの検討では、一部で施設入所者では若干副反応が多く出ると言う報告もありましたが9)、その他の報告で概ね一般の方と同等の有効性および安全性とされています10)11)12)。また、これらの報告では施設入所者本人だけでなく、施設労働者を含めた周囲の方々へのワクチン接種が有効であることも強調されています13)。
以上より、PS不良の患者さんにおいてもワクチン接種から得られる利益が副作用のリスクを上回るケースが多いと考えられますが、最新のデータを参考に、主治医の先生と予後も勘案し慎重に判断することが大切と考えられます。
1) https://www.cdc.gov/cancer/survivors/staying-well-during-covid-19.htm
2) https://www.asco.org/covid-resources/vaccines-patients-cancer
3) https://www.esmo.org/covid-19-and-cancer/covid-19-vaccination
4) Kuderer NM, Choueiri TK, Shah DP, et al. Clinical impact of COVID-19 on patients with cancer (CCC19): a cohort study. Lancet. 2020 Jun 20;395(10241):1907-1918.
5) Thomas SJ, Perez JL, Lockhart SP et al. COVID-19 vaccine in participants with cancer: Subgroup analysis of efficacy/safety from a global phase III randomized trial of the BNT162b2 (tozinameran) mRNA vaccine. Annals of Oncology 2021; 32: S1129.
6) Oosting S, Van der Veldt AAM, GeurtsvanKessel CH et al. LBA8 Vaccination against SARS-CoV-2 in patients receiving chemotherapy, immunotherapy, or chemo-immunotherapy for solid tumors. Annals of Oncology 2021; 32: S1337.
7) Goshen-Lago T, Waldhorn I, Holland R et al. Serologic Status and Toxic Effects of the SARS-CoV-2 BNT162b2 Vaccine in Patients Undergoing Treatment for Cancer. JAMA Oncology 2021.
8) Sapir E, Moisa N, Litvin A et al. SARS-CoV-2 vaccines in cancer patients, real-world data from 1069 Belong.life users. Annals of Oncology 2021; 32: S1144.
9) Torgeir BW, Bård RK, Anette HR et al. Pernille Harg, Marius Myrstad. Nursing home deaths after COVID-19 vaccination. Tidsskr Nor Laegeforen. 2021 May 19;141.
10) Ríos SS, Romero MM, Cortés Zamora EB, et al. Immunogenicity of the BNT162b2 vaccine in frail or disabled nursing home residents: COVID-A study. Journal of the American Geriatrics Society. 2021;69(6):1441–1447.
11) Shrotri M, Krutikov M, Palmer T, et al. Vaccine effectiveness of the first dose of ChAdOx1 nCoV-19 and BNT162b2 against SARS-CoV-2 infection in residents of long-term care facilities in England (VIVALDI): a prospective cohort study. Lancet Infect Dis 2021; 21: 1529–38
12) Bardenheier BH, Gravenstein S, Blackman C, et al. Adverse events following mRNA SARS-CoV-2 vaccination among U.S. nursing home residents. Vaccine. 2021 Jun 29;39(29):3844-3851.
13) Domi M., Leitson M., Gifford D., Nicolaou A., Sreenivas K., Bishnoi C. The BNT162b2 vaccine is associated with lower new COVID-19 cases in nursing home residents and staff. J Am Geriatr Soc. 2021 Aug;69(8):2079-2089.