新型コロナウイルスは鼻やのどの粘膜、唾液や唾液腺の導管に多く存在し、また口腔(特に舌)粘膜にはウイルスの感染門戸となるレセプターが多く存在することが示されています。そのため、これらの部分の手術は、他の部位の手術に比べ、術中にウィルス感染を周囲に波及させる危険性が高まる可能性があることをまず理解しておくことが必要です。それを理解したうえでそれぞれの治療法のリスクとベネフィットを考える必要があります。
●新型コロナウイルスと口腔がんについて
1)口腔がん患者または口腔がんの治療歴のある患者は、新型コロナウイルスに感染しやすいですか?
免疫機能が低下した方は、一般的に新型コロナウイルスを含む感染症にかかるリスクが高くなることが知られています。免疫機能が低下する原因として、がん、糖尿病、心臓病、肺疾患等の慢性疾患や高齢、喫煙などの生活スタイルなどが言われています。特にがん患者さんは、がんの種類、受ける治療の種類、その他の健康状態および年齢によっては免疫低下のリスクが高くなるため、感染しやすくなることになります。また、口腔がんに限らずがんの治療歴(薬物療法や放射線治療など)がある方は、新型コロナウイルスに感染しやすいということは特にはありませんが、感染した場合、重篤な合併症を発症するリスクが高くなる可能性はあるようです。特に新型コロナウイルス感染症発症4週間前までに薬物療法を受けられた方で男性の方には死亡リスクが高まるという報告があります。しかし、口腔がんだからと言って他のがんと比較して、感染リスクや合併症リスクが高くなるということはありません。
2)口腔がんの診療や検診において新型コロナウイルス感染の危険性が増すことはないでしょうか?
一般に免疫機能が低下した方は、感染のリスクが高くなることは前述の通りです。しかし、外来の日常診療や検診によって、感染拡大した事例や大きなクラスターの発生は現在まで報告されていません。したがって、患者さんや医療従事者が通常の標準的な感染予防策をとっておれば、日常診療においての感染の危険性は極めて低いものと考えられます。それよりむしろ感染を恐れるあまり受診の機会を減らしたり、受診されないことによる発見の遅れが懸念されており、海外でも問題となっています。口腔がんは早期に発見されれば、約90%の方が治癒し、必要な治療も手術もしくは放射線単独ですみ、治療期間も短く、患者さんへの負担も少ないものとなります。どうか受診や検診の機会を逃さないようにしていただきたいと思います。
●口腔がん治療中の方へ
1)現在治療中です。このまま治療を続けても良いのでしょうか?
一般的にがんの初回治療は、決められたスケジュールで決められた治療法を予定通りやり遂げるのが最も高い効果が得られる方法です。口腔がん治療も同様ですが、重篤な副作用が出現した場合は、免疫機能の低下も考えられますので一時的な延期も止むを得ない場合があります。そのため、主治医の判断が必要です。不安に思って自己判断するのではなく、主治医とよく相談することが大切です。また、発熱や咳、味覚やにおいに異常が見られる場合は、必ず報告してください。
2)現在、薬物療法を受けています。新型コロナウイルスに関して注意することはありますか?
薬物療法を受けている場合は、免疫機能が低下していることがあり、新型コロナウイルスを含む感染症にかかるリスクが高くなることが知られています。また、感染した場合、重篤な合併症を発症するリスクが高くなる可能性があることが言われています。そのため、感染を防ぐことが大変重要となります。特に免疫チェックポイント阻害薬を使用されている患者さんは、副作用として間質性肺炎が生じた場合、新型コロナウイルス肺炎が重篤化する危険性が高いことが考えられますので、治療継続も含め主治医と相談して下さい。
●口腔がん治療を受けられた方へ
1)治療が終了し、外来で通院をしながら定期的な検査を行なっています。通院と定期的な検査を続ける必要がありますか?
口腔がん治療後の再発・転移率は、24~48%と報告され、そのうち75%以上は2年以内に認められていることが示されており、特に治療後2年以内は厳重な経過観察が必要です。そのため通院間隔としては、治療後1年以内は最低月1回(できれば月2回)、1~2年では月1回、2~3年では2か月に1回、3~4年では3か月に1回、4~5年では4か月に1回、5年以降は個々の場合によって6か月に1回程度の診察が勧められ、レントゲン検査、超音波検査、CT検査、MRI検査、PET検査などが病状に応じて行われるのが通常です。しかし、新型コロナウイルス蔓延時においては、患者さんへのリスクが最小限に抑えられるのであれば、通院を延期したり、間隔を延ばすことなどが推奨されます。病状が安定した患者さんには電話連絡による院外処方箋の交付も認められています。ただし、再発が疑われるような症状が見られた場合には、次の予約を待たずに主治医へ連絡し、受診してください。
いずれにしても治療後の定期的な検査や診察は、自己判断で中止したり、延期したりしないで、主治医とよくご相談して下さい。
2)当初の入院治療が終了し外来通院中ですが、咳や発熱などの新型コロナウイルス感染症を疑うような症状が出た場合、誰に相談すれば良いのでしょうか?
現在通院治療中であれば、口腔がん治療の主治医に電話でお聞きいただき、然るべき指示を受けてください。また、治療中でないのであれば、かかりつけ医や身近な医療機関または各都道府県の新型コロナ・発熱患者受診相談窓口に電話でまず相談し、適切な指示を受けてください。
3)一般に免疫力を上げて健康状態を維持するためにはどのようなことに心がければ良いのでしょうか?
まずは主治医の注意をよく聞いてください。その上で禁煙、野菜や果物などを含んだバランスのとれた食事の摂取、適度な運動、十分な睡眠など健康的な生活スタイルを心がけてください。特に喫煙は口腔がんの大きな原因となっていますし、肺にダメージを与えることにもなり、新型コロナウイルス感染症状を重症化する可能性があります。また、高血圧や心血管疾患、慢性腎疾患、肥満、糖尿病は重症化の高いリスクになりますので十分にコントロールしておくことが望まれます。
●これから口腔がん治療を受ける方へ
1)これから入院して治療が開始されるのですが、どのような検査が必要ですか?また、治療を開始しても大丈夫でしょうか?
口腔がんを診断し治療を受ける際には、一般的な視診、触診、血液検査のほかレントゲン検査、病理組織検査または細胞学的検査、超音波検査、CT検査、MRI検査、PET検査が必要で、総合的に判断します。これは口腔がんの確定診断や進行度、遠隔転移の有無などを調べるものです。それに加え新型コロナウイルス感染に関する検査として、PCR検査や胸部CT検査についても必要となる場合があります。
治療の開始については、がんの種類と治療法、全身状態により、治療を延期できる場合とできない場合があります。治療が6週間以上遅れると、より悪い結果となることが予想される場合や切迫した気道障害を伴うがん、高悪性度または進行唾液腺がん、再発がんの救済手術などは感染予防に最新の注意を払い、早期の治療開始が勧められます。
新型コロナウイルス感染の可能性を回避するために、治療の延期を考える場合には、多くの考慮すべき点が必要なため、治療を延期することのリスクと感染リスクを低下させることの潜在的利点などについて、主治医とよく相談してください。
2)治療法について教えてください。また、新型コロナウイルスの蔓延によって治療法が変わることはありますか?
治療法は、がんの部位やどのような組織型なのかによって異なりますが、外科的治療による完全切除が基本です。特に口腔がんは放射線治療に対する効果が一般的に低く、手術が根本的治療の原則です。早期がんについては、手術範囲も限られており、切除した後の再建手術も不要で、負担も少なく、手術後の機能障害も抑えられます。進行がんに対しては、通常切除とともに頸部のリンパ節の郭清手術が行われますが、手術だけでは十分ではない場合もあり、手術後に薬物療法や放射線療法の併用による治療が行われることがあります。また、進行がんにおいては、口腔の機能と整容面の回復を考慮した各種再建術が通常行われます。特定の治療を決定する前に、主治医にくわしく聞くことが必要です。また、専門医によるセカンドオピニオンも可能であれば受けてください。手術はがんを取り除く最も速い方法ですが、メリットとデメリットがあることをよく理解し、治療計画を決定する前にすべての治療オプションについて質問することをお勧めします。
以上は標準的な治療の基本ですが、新型コロナウイルス蔓延時においては、治療法を変更せざるを得ない場合があります。例えば、手術をしない非外科的な治療法(薬物療法や放射線療法)が手術+放射線療法と同等と思われる場合は、非外科的な治療が推奨される場合があります。代替となりうる治療法の選択肢についても主治医と十分に検討したうえで、手術適応を決める必要があります。
関連情報
1) https://www.cancer.net/
2) AO CMF International Task Force Recommendations on Best Practices for Maxillofacial Procedures during COVID-19 Pandemic
3) Int J Oral Sci 2020;12:8 Published online 2020 Feb 24. doi: 10.1038/s41368-020-0074-x
4) J Maxillofac Oral Surg. 2020 Apr 11 : 1–3. Maxillofacial surgery and COVID-19, The Pandemic!!
5)日本外科学会HP
https://www.jssoc.or.jp/aboutus/coronavirus/info20200402.html
6)口腔癌診療ガイドライン2019年版
7)日本口腔外科学会HP
https://www.jsoms.or.jp/
8)日本耳鼻咽喉科学会HP
http://www.jibika.or.jp/
9)厚生労働省Q&A
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00004.html
10)厚労省「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き・第2.1版」
https://www.mhlw.go.jp/content/000641267.pdf
11)国立感染症研究所「新型コロナウイルス(2019-nCoV)関連情報ページ」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov.html
12)日本歯科医学会 HP
https://www.jads.jp/